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2012年12月28日 (金)

1メートル低くなったことが前進につながってくれれば・・・

 内湾地区の防潮提高がT.P6.2mから5.2mに引き下げられることになったようだ。低いよりは高い方が安全だとは思うけど、ある程度の安全性が確保されるとともに工費・工期の圧縮と関係する復興事業の早期着工・早期完成につながるのであれば、よしとするべきかと。あとは「線引き」。私は堤防道路論者ですが、高さが低くなったことで山側の内水対策もいくらか容易になると想定されるので、堤防道路化の後押しも期待したいところだ。県の意向や住民側の論調で強くなっているのは水際防潮堤なのか、堤防道路なのか、それとも中間線なのか、そのあたりが報道だけではわからないのが、苦々しい。かと言って協議会などに出席して発言することは憚られるのですけど。(以下、河北新報社webより)
 防潮堤の高さや位置などをめぐり、震災後のまちづくりが停滞していた宮城県気仙沼市内湾地区の復興問題で、県は27日、魚町・南町エリアでの当初の計画高(標高6.2メートル)を1メートル下げた案を住民側に示し、了承された。新たな堤防案は、市役所であった内湾地区復興まちづくり協議会(勝倉敏夫会長)の会合で、県農林水産部が示した。内湾地区の北東側にある漁港岸壁の防潮堤の位置を陸寄りに変更し、津波のシミュレーションを再度したところ、反射波が弱まり、魚町などへの影響が小さくなったという。これにより、同エリアの防潮堤の高さは5.2メートルとなった。住民側から特に異論はなく了承されたが、堤防の位置については結論を持ち越した。勝倉会長は「半年の議論でここまで来た。今後は防潮堤の位置決定と土地区画整理事業の施行に向け、まちづくりを急ぎたい」と述べた。 県漁港復興推進室の井上久裕室長は「堤防高を下げられたのは、この地区特有の現象。ほかには当てはまらない」と話している。
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121228t11032.htm

2012年12月19日 (水)

防潮堤よりもかさ上げ工事と内陸高台平地の提供を

事業者さんたちも防潮堤よりもかさ上げと高台平地を待っているのでは?
おなじみの三陸新報の記事より
http://www.sanrikushimpo.co.jp/cgi-bin/page.cgi?MODE=3&CATE_ID=0&FILE_ID=1
『被災した中小企業の再建を支援するグループ化補助金で、第6次認定を受けた事業所に対する説明会が18日、気仙沼魚市場で開かれた。事業主からは交付決定に喜びの声が上がる一方、土地確保にめどが立たず、「補助金を使いたくても活用できない」との悩みも聞かれた。船舶エンジンの修理などを手掛け、被災した工場の設備費などとして1200万円の認定を受けた市内の男性経営者(72)は「認定を受けた以上、雇用確保や気仙沼の水産業の復旧に向けて精いっぱい頑張りたい」と意気込む。半面、補助金は津波で浸水した土地のかさ上げには活用できないため、現段階ではすぐに活用できないケースも多い。衣料品販売の男性(54)は「補助金をいただけるのはありがたいが、再建できる場所がなく、今すぐ使えないので複雑…」と話した。』
 防潮堤やかさ上げ・拡幅する道路の線引きが確定しないままかさ上げ工事をするのは乱暴かもしれないが、せめてそれらの線引きが終わったらかさ上げ工事を先行して始めてもらわないと事業再開がますます遅れてしまいますよね。 防潮堤と道路を完成・完工させる方が先では困ります。
 内陸高台平地は市内にたくさんあります。小中学校を徹底的に絞り込んで校庭を空けりゃーいいんだ。最近の出生数データで15年先ぐらいまでの児童生徒数の激減は見えていた。その先この傾向が反転するなんて誰も思わない。義務教育環境検討委員会が「複式学級解消」程度の統廃合案を答申してしまったが、議会や教育委員会でもっと踏み込んだ統廃合を決めて、より多くの校地を産業再生にも解放されたいと思う。

2012年12月18日 (火)

避難しなくても安全な乗り物にならないの?BRT専用路は新設を!

気仙沼線で津波警報発令時を想定した避難訓練をしたそうです。(河北新報より)
 JR気仙沼線のバス高速輸送システム(BRT)の正式運行を前に、津波を想定したバスの避難訓練が15日、宮城県気仙沼市のJR陸前階上駅周辺であった。
 訓練は車両が専用道を走行中に震度6強の地震に襲われ、津波警報が発令されたという想定で雨の中、行われた。揺れを感知した場所に応じて高台に向かったり、運転手が乗客役の17人を降ろして最寄りの避難所に案内したりした。
 JR東日本盛岡支社気仙沼線BRT営業所の藤村伸一所長は「今回の訓練の教訓を生かし、避難マニュアルをさらに充実させたい」と語った。
 気仙沼線柳津-気仙沼間(55.3キロ)は22日、JR東が運行事業者となり正式に運行を開始する。http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121218t13021.htm
 そりゃ-訓練はしないとだめでよ、しないとだめですけどそもそも避難しなくてもいいようなルートにするのがベターなのだ。
 乗客は通学で乗車する高校生ばっかりではない。自分で車が運転できなくて仕方なくBRTに乗っているお年寄りがいっぱいいるのだ。時間帯によっては運転手一人で何人ものお年寄りを歩かせなければならない。「オレはどうなってもいいからこのままバスにおいてってけろ」という方がでてきそうでツライ場面もありそうな・・・
中には「バスなんだからこのまま道路にでて高台のオレの家まで乗せて行け」なんて人がいたらどうなるんだろう。モンスターペアレントみたいにことあるごとに恫喝を繰り返して世渡りしてきたタンパラ老人はどこにでもいる。(気仙沼線沿線は特に多いとは言いたくないけど・・・)
 無理矢理おぶってでも高台に連れて行ける屈強な高校生でも乗ってればいいけど、運転手一人で対応しきれるのか。まごまごしていると津波はやってきて・・・。
 先日もカキコしましたけど、地元自治体が復興予算で内陸高台ルートでBRT専用路を整備し、JR東に運行させればいいと思う。街区・集落を高台に誘引すべきだと思う。将来、JR東が鉄路復旧を決断したら、JR東に自社経費で線路を敷設させればいい。先日は気仙沼線のことだけを述べたが、大船渡線・山田線もそうすべきなのではないか。陸前高田も大船渡も3.11に浸水したエリアを避けたルートで、一応、将来の鉄路復旧も見越して盛駅には北東方向からアクセスさせれば三陸鉄道南リアス線とのスイッチバックを解消することもできる。今のままでは山田線はBRT復旧すら頓挫し、当然、鉄路復旧は半永久的に棚上げになりそうな気配だ。
 三陸道の延伸・現R45のかさ上げ拡幅が進んでいく中でBRT専用路を作るとすれば「三重投資」、R45の内陸高台移設もすれば「四重投資」とののしられるかもしれない。が、平成版「昭和三陸津波」はいつくるかわからないのだ。私はアンチ自民党ですが、復興大臣就任がウワサされているオオナベヤのイツノリちゃん(私の妻はこう呼ぶ=小野寺五典衆議院議員です)には是非ご一考いただきたい。でもこういうことは「国土交通省」のほうが「決定力」があるような気もするぞ、公明党の太田前代表に内定したらしいけど・・・。

 

2012年12月14日 (金)

JR気仙沼線・R45は復興予算で内陸・高台へルート変更を

12日、東日本大震災で被災したJR気仙沼線の復興調整会議を仙台市内で開き、橋の架け替えや駅移設など、柳津-気仙沼間(55.3キロ)の鉄路復旧に向けた課題を話し合った。
 会議は非公開で行われ、運輸局によると、鉄路復旧には河川の堤防かさ上げに伴い、陸前小泉-本吉間など9カ所で橋の形状変更が必要なことが示された。歌津駅周辺など4カ所には、避難タワーの整備や避難路の確保も欠かせないという。
 大谷海岸駅は防潮堤の整備と連動し、ルートや駅舎を移設する可能性がある。志津川駅や陸前戸倉駅は実際に移設を検討中で、歌津駅も移設構想が持ち上がっているという。復旧工事の費用負担は議題にならなかった。
(河北新報より)
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121213t15030.htm
「R45とJRは内陸・高台移設」にかじをきる時期を過ぎている気がします。
 三陸道が順次延伸してくるので、R45は現道のまま海岸線で干満対策が必要なところはかさ上げして高潮・津波は防潮堤で守ってもらおうという方向性なのかもしれませんし、JR気仙沼線の内陸移設なんて「BRTの間は三陸道を走らせればいいっぺよ」&「鉄路復旧時はJRの持ち出しで内陸移設だべよ」って空気なのかもしれませんが、R45&JR気仙沼線が現ルートのままであることも震災直後の「高台移転志向」が「元の場所で住宅再建・商売再開」に変節している一因になっていると思う。震災直後は集落単位で高台移転が進むのだと思っていませんでしたか。高台移転する街区や集落を結ぶようにR45やJR気仙沼線も内陸高台移設されると思いませんでしたか。
 震災から1年9ヶ月、R45が人々の往来の中心であるという「日常」だけが「復旧」している。仮設で商いを再開しているのも「幹線道路沿い」ということになる。三陸道は良くも悪くも「自動車専用道」なので生活道路として「裏街道」は必要なのではないか。道路ができれば街区や集落はその沿線に形成されるものだ。いつまでも防潮堤の線引きが決められず、R45もかさ上げされないでいては、それが「日常」になり商いと住まいがそこにもどってきてしまう。結局、行政は昔のままに復旧した「日常」を追認して対応せざる得なくなる・・・
 三陸道も造る、R45の内陸高台ルートも造る、現R45も拡幅・かさ上げするでは「三重投資」だという批判もあるだろう。現道は応急復旧したわけだから拡幅・かさ上げは後回しにして、「復興予算の使途」としては津波が来ても安心な別ルートを造って、街区・集落を誘引するべきだと思うのだが、いかがでしょうか。
 JRの鉄路復旧に「復興予算」をあてることには賛否があり、国の見解は「No!」だということも承知している。こういうことではどうだろうか。気仙沼線の内陸ルートの用地取得とBRT専用路整備は「復興予算」で支弁し将来の鉄路化(無いかも知れないが)はJR東の負担とする。内陸高台に駅ができるのでこれも街区・集落を誘引する。(4本目の道路を造るのは四重投資だと言われそうだが)
 東日本大震災は1000年スパンかも知れないが、アウターライズ地震はいつきてもおかしくない。本震が明治三陸地震よりおおきかったのだからアウターライズだって昭和三陸地震よりでかいはずだ。防潮堤もできてないのに「日常」だけが元の場所で復旧してしまうのは危険極まりない。遅いかも知れないが今となっては防潮堤よりも「R45とJRの内陸・高台移設」だと思う。ご意見お寄せください。

2012年12月13日 (木)

変な思いつき2(現実的になったつもり・・・)

小中学校の統廃合案が「複式学級の解消止まり」的な姑息な答申だったので「適正規模化はどこに行ったの~」と憤慨し、どうせそういうことだったら複式学級になりそうにない比較的街場の学校を廃校にして、郊外の複式学級になっている学校となりつつある学校に分散吸収させればいいのではないかと数日前にカキコした学校統廃合の変な思いつき・・・
http://peki-chan.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-bb51.html
廃止されそうな学校を救うためには街場の学校を犠牲にして・・・と論じたわけですが、「面瀬と津谷から学校がなくなるのは大反対に遭うだろうから別バージョンを考えないと」と自分で書き込んでしまい、その呪縛から私は恐怖のシナリオを思いついてしまった。学校が無くなるのが面瀬と津谷だけなのがいけないんだからもっと減らせばいいのだと。そして反対感情を逆撫でするのは「気小・気中・新月・九条・条南・松小・松中は安泰」ということなのだと。だから、やっぱりここにメスを入れるべきなのだと。では恐怖のシナリオの始まり始まり~
①唐桑小閉校、中井と小原木に分散吸収。小原木中閉校、唐桑中に統合。唐桑小校舎は新しいので唐桑中に使用。現唐桑中校舎・校庭と小原木小校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
(これは前回と同じ。小学校を南北2校化し、唐桑地区中心部に中学校が残す。)
②鹿折小閉校、白山と浦島に分散吸収。鹿折小校舎も新しいので鹿折中に使用。現鹿折中校舎・校庭も復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
(これも前回と同じ。唐桑地区と同様な考え方。白山小と浦島小を残しつつ、鹿折の中心近くに中学校を残す。気小への通学志向も想定した対応は必要。ということで気小は残さざる得ないと今回は考えました。)
③新城小閉校、落合と月立に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
(これも前回と同じ。九条への通学志向も想定した対応は必要。ということで九条も残さざる得ないと今回は考えました。)
気中・条南中閉校、鹿折・新月・松岩に分散吸収。両校舎と条南の校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化、気中の校庭は全面仮設住宅になっているので仮設住宅解消時に集団移転宅地も含めて利活用検討。
(これは新提案。大島中への通学志向を期待したいところでもある。)
松小閉校、気小・九条・水梨・面瀬に分散吸収。校舎は市役所兼松岩駅に改造。校庭はバスプール・ヘリポート・駐車場にする。以前にもカキコしたが警察・消防・病院が松岩に集まりつつあるので市役所も松岩に持ってきて災害時に通信手段が絶たれても歩いて行き来して連携をとってほしい。三陸道のICやR45BPとも近いし駅・バスプールも併設するから現市役所より便利になる。(現市役所はワンテン庁舎のみ残して支所化、本庁舎・第2庁舎は取り壊してパスプールと大船渡線新駅に)松岩の復興公営住宅は西高付近に小規模なものを想定しているようだが被災者は浜の近くの皆さんなので、松小校庭の一角に低層APを建てたほうがいいのではありませんか。
(このへんから改バージョン。松岩以南は小・中どちらかは残そうという思考である。)
面瀬小閉校、水梨・階上に分散吸収。面瀬中閉校、松岩・階上に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
⑦階上小閉校、面瀬・大谷に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
⑧大谷中閉校、階上・津谷に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
⑤津谷小閉校、大谷・馬篭・小泉に分散吸収。津谷中閉校、大谷・小泉に分散吸収。津谷小・津谷中の校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。小泉中は津谷中に併合。
 それから気仙沼線を内陸移設するなら松小以外でも閉校する学校の校舎の一部を駅に、校庭の一部をバスプールと駐車場にするのもありですよね。本吉~陸前小泉間は鉄橋が寸断されていてBRT専用道にしないことだし、蔵内駅以北は小泉中・本吉駅・大谷中・階上小・松岩小・新市立病院・条南中を経由して不動の沢駅に接続するBRT専用道を復興予算で整備してJR東に譲渡or貸与するってのはできませんかねぇ。これは新提案です。
 面瀬・階上・大谷・小泉は校舎を入れ替えて使用した方がいいところもあるかもですね。こうして小原木小・中井小・白山小・浦島小・月立小・落合小・水梨小・階上小・大谷小・小泉小・馬篭小と唐桑中・鹿折中・階上中・大谷中・小泉中が複式学級ナシで10年は持つ?これで面瀬・津谷の皆さんからの反対運動は大きくならないとは思うけど、いずれにしても実現可能性はゼロだろうし、やったらやったで気小と九条だけは肥大化しそうだし、次世代には鹿折中を小学校に戻して鹿折小と面瀬小・新月中と階上中しか残らなくなるのかな。こんな学校統廃合はイヤダー!!私はあくまでも小学校は一学年2クラス・中学校は一学年3クラスをするために気小・気中・九条・条南・松小など街場の学校を周辺校に分散吸収させるなどしてせめて2世代ぐらいは持ちこたえる抜本的な統廃合を実施して、校舎・校庭を住宅再建や街作りに役立てるべきだと考えています。これからもことあるごとに発信していきます。といっても最終答申に対する意見募集の時にパブリックコメント出してオミットされるだけで・・・

2012年12月12日 (水)

防潮堤の入り口論で時間を食い・・・

 元居候先のご近所にあった「勝倉漁業」さんのブログで半月ほど前に紹介されていました。
「防潮堤の入り口論で時間を食い、時間だけが過ぎていった内湾街づくり。」
http://shoeimaru.da-te.jp/e526283.html
 ご近所の会社ってだけでなく、社長さんの双子の息子さんたち(ぴーちゃんときーちゃん=勝倉ピーキー)と私の息子が愛耕幼稚園で同級生、双子ちゃんのお兄ちゃん(勝倉ピーキー兄)の担任を私の妻がしていたり、社長さん(勝倉ピーキーパパ)と私の妻が愛耕・気小・気中で同級生だったり、いろいろご縁があるのでした。
 ちなみに私の昔の愛車はセルボSR-FOUR、高回転型ショートストロークターボで低速トルクなんてものとは皆無で、いつの間にか飛ばし屋になってしまって未だにその癖が抜けません。こういう車は「ピーキーな車」と呼ばれたモンですが、今や死語。関係ない話になってしまった・・・
 そんなことはともかく、これが決まらないと商いと住まいの再建ができないんですよねぇ。妻も義兄も魚町に戻る気持ちが全くないので、私なんかが顔出して直接口を挟むのは憚られるのだけど、行政も自治会もなかなか方向性が打ち出せないらしいので雰囲気つかみに行ってみたいような・・・気仙沼唐桑線を直線化&堤防化して海岸線堤防は作らない的な話は出てるのかなぁ?

2012年12月11日 (火)

ちばいちの「希望の飲むヨーグルト」

今朝、「朝ズバ」で紹介されていましたねぇ。これまでもいろいろなソースで紹介されていたようですからご存じの方も多いとは思いますが、遅ればせながら当ブログでもご紹介。

「牛乳宅配会社代表の千葉清英さんは、震災で店をなくした人の仮設商店街鹿折復幸マルシェでも乳製品を販売している。千葉清英さんは東日本大震災で学校にいた息子の瑛太くん以外が津波に巻き込まれ亡くなってしまった。瑛太くんは高校球児だった千葉さんの影響で野球を始め所属チームではピッチャーを務めており、高校は野球の東京の強い学校にいきたいと考えている。千葉さんは瑛太くんのためにバッティングセンターを気仙沼に作ると約束した。千葉さんは「希望ののむヨーグルト」という商品を開発し、各地の復興イベントでヨーグルトを販売し、地元の企業家たちも千葉さんの思いに胸を打たれ協力してくれることになり、地元の田んぼの敷地をバッティングセンター建設予定地として提供してくれた。来年の夏の完成を目指しているという。」価格.comより引用

会社名:千葉一商事 店名:ミルクショップMyu 
住所:宮城県気仙沼市中みなと町107-1仮設商店街鹿折復幸マルシェ  

 この千葉さん親子が父子家庭になってしまいながらも事業を継続していたのは震災から間もない頃の報道で存じ上げていましたが、「バッティングセンター構想」は今朝の朝ズバで初めて知りました。お父さんも津波にあっていてたまたま曙橋の欄干にすがりつけて助かっていたんですね。震災当時は瑛太くんは南小だったのかな?で仮設は面瀬学区のようでしたね。作っても維持するのが大変になるとは思うけど、瑛太くんや気仙沼の野球少年たちのために実現してほしいです。まずはヨーグルトを買って飲んで応援。
 しばらく元居候先の様子も見に行っていないのでなんとか年内に気仙沼に行ってみようと思っていますから、その際にはマルシェに寄ってこの「希望の飲むヨーグルト」を買ってこよっと。

2012年12月10日 (月)

変なことを思いついてしまった。ま、戯言ということで・・・

私はあくまでも小学校は一学年2クラス・中学校は一学年3クラスをするために気小・気中・九条・条南・松小など街場の学校を周辺校に分散吸収させるなどの抜本的な統廃合を実施して、校舎・校庭を住宅再建に役立てるべきだと勝手に論じてきました。小中学校の統廃合案が「複式学級の解消止まり」的な姑息な答申だったので「適正規模化はどこに行ったの~」と憤慨してたんですが、どうせそういうことだったら複式学級になりそうにない比較的街場の学校を廃校にして、郊外の複式学級になっている学校に分散吸収させればいいのではと思い始めてしまった。これでいっこうに始まらない浸水地域のかさ上げ工事を待たなくても住宅再建が進むかも~ということで、統廃合案「改」始まり始まり~
①唐桑小閉校、中井と小原木に分散吸収。小原木中閉校、唐桑中に統合。唐桑小校舎は新しいので唐桑中に使用。現唐桑中校舎・校庭と小原木小校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
②鹿折小閉校、白山と浦島に分散吸収。鹿折小校舎も新しいので鹿折中に使用。現鹿折中校舎・校庭も復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
③新城小閉校、落合と月立に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
④面瀬小閉校、水梨・階上に分散吸収。面瀬中閉校、松岩・階上に分散吸収。校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
⑤津谷小閉校、大谷・馬篭・小泉に分散吸収。津谷中閉校、大谷・小泉に分散吸収。津谷小・津谷中の校舎・校庭は復興公営住宅改造・集団移転宅地化。
こうすれば小原木小・中井小・白山小・浦島小・月立小・落合小・水梨小・階上小・大谷小・小泉小・馬篭小と唐桑中・鹿折中・階上中・大谷中・小泉中が複式学級ナシで10年は持つかなぁ。鹿折小と新城小を閉校すると白山・浦島や月立・落合ではなく気小・九条に通う子が多そうな気もしますが・・・。小原木中・唐桑中・鹿折中・面瀬小・面瀬中・津谷小・津谷中の校舎・校庭が被災者の皆さんの住宅再建に、浜に近くて、街に近いところで住宅再建。あっ、大島架橋完成後は大島中を鹿折中へ、大島小を浦島小へ統合ですね。そしてとりあえず、気小・気中・新月・九条・条南・松小・松中は安泰。こんなことしても5年か10年しか持ちこたえられないし、次世代には南北2校化(気小・気中と階小・階中に集約とかに)されてしまいそう。こんな学校統廃合はイヤダー!!
 でも、始まってもいないかさ上げ工事がおわらないと建設されそうにない鹿折の復興公営住宅の早期完成につながりそうだし、唐桑も小学校が2校になるとはいえ3小学区にそれぞれ学校が残るし、大島からも小学生は鹿折までではなく手前の浦島に行くのだからいい面もあるような・・・行政に影響力がある方にはとりあげていただきたい。面瀬と津谷から学校がなくなるのは大反対に遭うだろうからそのへんは別バージョンを考えないといけませんね。

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