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2013年1月30日 (水)

桜宮高って・・・死なないで中高生3

桜宮高でこんなことがおきているとニュースになっている。大阪市教委も学校も積極的に否定していないのだから事実なのだろう。桜宮高の「校風」ではなく職場風土がこうだから教員の暴走に歯止めがかからなかったんじゃないの?職場風土を変えるためにも教職員の入れ替えをやりましょう!

リンク: <a title="ツイッターで学校批判した桜宮高生が無期停学? 「この生徒を助けよう」「言論の自由はないのか」とコメント殺到 - 速報:@niftyニュース" href="http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-163000/1.htm">ツイッターで学校批判した桜宮高生が無期停学? 「この生徒を助けよう」「言論の自由はないのか」とコメント殺到 - 速報:@niftyニュース</a>.

余談だが桜宮高生の飲酒・喫煙もあるようだ。社会的には高校生の飲酒・喫煙を黙認する向きもないわけではないが、桜宮高生の諸君は良くも悪くも注目されている。発覚すれば学校から何らかの処置を厳格にされるばかりでなく「社会的制裁」というおまけまでついてきます。スポーツ大会で活躍して有名になればなるほど報道されなくても実名まで世間を駆け回る。特待進学も実業団もプロ球団もJもなでしこもbjも遠のくぞ。

2013年1月29日 (火)

内湾の区画整理案を「店米山武」さん?のブログにupされてました

毎日のように海際防潮堤にクドクド書いてるのですが、内湾地区協議会に出席した「店米山武」さん?がブログにupしていました。

リンク: 復興へ一歩、二歩、半歩? - スローな食に、スローな家。

これらの資料だと幹線道路の線形変更はなってないような・・・まさかの現道拡幅のみ?

それを基本にやらないと減歩だけでは収まりきらず換地とか買収とかもくみこまれてしまって不公平感がでてくるから避けてるのかなぁ?用地買収と移転補償が少なくてすみそうなのが現道拡幅だからなのかなぁ?「復興予算だから青天井」ではないわけだけど、これほど建物が無くなっていることは過去にも未来にも無いはず(近い将来のアウターライズ地震津波がL2より大きくて再建した建物も軒並み壊れたら別だけど。そういえばアウターライズの昭和三陸って本震の明治三陸より高かったんじゃなかったっけ?)で、線形変更=信金前~神明崎間の直線化をするなら今しかできないと思うんだけど、いかがですかねぇ。まさか、下手すりゃ誰から買ったらいいのかわからないような土地があったりするので、例外無き減歩対応で済ますために現道拡幅整備だけにしようとしてるのかなぁ?

あーそれにしても防潮堤は海際で決まってしまうんでしょうか?堤防道路だとか中間ラインとかになる余地は無いんでしょうか?河北や三陸の報道だと「これで決まり」みたいに思えてきてしまうんです・・・どうなんでしょうかねぇ?

2013年1月28日 (月)

海際防潮堤は気仙沼経済のギロチンになるのでは?

ここ数日の報道でによれば、行政としての最終方針は

①旅客船発着場以外は防潮堤を海際

②地盤沈下対策としてt.p.1.8~2.0のかさ上げをする

ということになるんでしょうか。

こうすれば、全世帯・全店舗ではないが、区画整理で減歩や移転は生じても、従前とほぼ同位置で居住し商売ができるというメリットがある。できることなら元の場所で暮らしたい・店をやりたいという心情をお持ちの皆さんは多いとは思うのでそのことをくみ取れば防潮堤は海際になるだろう。

まして被害の小さかった住宅や店舗では1年も前から生活も商いも再開しているところも多い。今さら「堤防道路」だの「中間ライン」だの言われても困惑されることだろう。時間が経過すればするほど海際防潮堤でなければならなくなってくるのかも。

海際であれば用地買収なんか不要だろうし。

でも、防潮堤が海際にあるということは漁船の係留岸壁のすぐ後ろに3.5m前後のコンクリート壁ができるのである。そんなところで漁具や食料の積み込みってできんの?

もし仕込みに不便になれば漁船は気仙沼魚市場に水揚げはしてもすぐに漁場に戻るだろうし寄港回数も減るだろう。水揚げ量が減少して関連産業のダメージにもつながるし、仕込業と「ノム・ウツ・カウ」系のお店は商売が成り立たない。

飲食店だけではない、パチンコ店などの遊興、太田のお風呂屋さんや魚町・南町の理髪店なんてお客さんの半分以上は遠来の漁船員さんたちじゃないの?

海際防潮堤建設はは三陸沖の魚を追って全国からやってくる漁船やその関係者の皆さんとギロチンで縁を切るように思えてモヤモヤしております。

どなたか「そんなのはシロウトの杞憂だ!」と論破して

「神明崎~信金十字路~煎餅坂を堤防道路にして海際防潮堤は作らない」と

妄言を繰り返しているシロウトを成敗してください。反論はしますが・・・

2013年1月26日 (土)

内湾地区のイメージ図

内湾地区の防潮堤と新エースポートのイメージ図が26日の河北新報に掲載されていた。

リンク: 河北新報 東北のニュース/気仙沼内湾区画整理 市長「移転補償、詳細説明」.

記事のメインは25日の記者会見で菅原市長が防潮堤や拡幅道路に家屋や商店がかかっていれば移転補償があるのでそういうことを説明する機会を設けたいと語った、ということなのだが、ま、それは当然でしょ。自分の家や店があるから反対という人も少なからずいるだろうけど、計画されているのが海際堤防だから反対しているベクトルに関しては「銭金の問題」ではないのだ。そういう意味では掲載されたイメージ図のほうがショッキングだ。エースポート以外は海際堤防だということは前日の報道で文面上は受け止めていたつもりだったけど、こうしてイメージ図見せられると「あー決まったなぁ」と思わせられてしまう。漁船の水揚げ場所と大島観光の出入り口だけ開けておけばいいんですかねぇ?気仙沼での客商売は三陸沖で操業して気仙沼港に水揚げに来る全国の漁船とその乗組員さんたちで成り立っていたはずだ。海際直立防潮堤は海との縁を切られるギロチンのように思うのは私だけだろうか?

2013年1月25日 (金)

やっぱり岸壁沿いに直立型の防潮堤なのか?

新聞記事のタイトルは「1.3~1.8メートルにかさ上げ案」だったので大事(「おおごと」と読んでください)と思わずに読んでいたら・・・・

「宮城県気仙沼市は24日、震災で壊滅的な被害を受けた市中心部の内湾地区の復興を進めるため、地盤のかさ上げや道路拡幅を一体的に行う土地区画整理事業の計画案を示した。市民会館であった同地区復興まちづくり協議会の会合で、市の担当者が説明した。区画整理を行うのは気仙沼港に面する約11ヘクタールで、地盤を標高1.3~1.8メートル以上にかさ上げし、文化施設や公益施設を建設する。一帯は3月11日以降、建築制限区域から外れるため、市は期間内の区画整理の都市計画決定を目指す。ただ、区画整理の区域内に指定されれば建物の撤去を求められるケースもあり、一部住民から反対の声も出ている。
県から防潮堤の建設計画も示された。異論が残る堤防高は当初より1メートル低い標高5.2メートル。フェリー発着所周辺を除き、岸壁沿いに直立型の堤防で囲む形となる。のり面の緑化、目隠しの木々の植栽で景観に配慮する。」(2013年01月25日 河北新報)http://www.kahoku.co.jp/news/2013/01/20130125t11028.htm

今のところ報じられているニュースソースは河北新報だけだし、市役所HPの資料UPもまだなので詳細がわからないのが歯がゆいところだが、「計画案」とはいえ、これが行政サイドからの最終回答で、これからだれがなにを言おうとも海際防潮堤で決まったということなのだろう。ということは・・・

気仙沼の観光資源でもある「港町風情」は海際防潮堤の内側で武山米店と男山と角星が「歴史的建造物」としての復元される程度になるのだろうか。シロウト発言で申し訳ないが、海際防潮堤で「仕込み」ってできるの?これができないと水揚げに来た漁船はすぐ沖にもどってしまうんじゃないの?漁船が一昼夜係留してて船員さんたちが一晩「ノム・ウツ・カウ」をするから商売になってた店が多かったんじゃないの?仕込屋さんは市民にとっての「一般小売店」でもある。「ノム・ウツ・カウ」系のお店は市民にとっても「飲食店・歓楽街」である。そういうお店が無くなったら街場で暮らせなくなっちゃうと思う。内湾に3年後(僕は信じてない)にできあがるという復興住宅の入居者は高齢の方が多くなると思うんだけど、これでは買物難民になりそうな気がする。こういう論理展開って「考えすぎ」なのかなぁ。

とりあえず、『詳細情報求む』であります。それに、ブログでもフェイスブックでもツイッターでもいっぱい「発言」しようよ、皆さん。黙ってたら海際防潮堤だけが着工されて道路とかさ上げなんか後回しになって商売も生活も成り立たなくなっちゃうよー。

2013年1月23日 (水)

気仙沼市公営住宅整備検討会で住民意見を反映させる模様だが・・・

気仙沼市は、2000戸の建設を計画する災害公営住宅の具体的な整備方法について、住民らの意見や要望を聞く「市災害公営住宅整備検討会」を発足させたそうだ。メンバーは、仮設住宅の自治会長、建築関係者ら8人で委員長に大江真弘副市長を選出したそうだ。住宅の間取りと設計、気仙沼らしい仕様、福祉施設・商業施設などとの複合化といったハード面のほか、入居優先順位の考え方、地域コミュニティーの在り方についても検討するとのことである。建設する地域とか建物の規模とかは動かないんだろうけど。

建設予定地が明確になっているのは南小跡地だけだったと思う。他の地域では具体的になっているのだろうか。浸水被害地域の土地利用計画に当てはめて「このへんになります」ぐらいのものしか公表されていないように思う。

入居開始は早いところ(たぶん南小跡地)でも3年、遅いところ(たぶん内湾と鹿折)でも5年以内を目指すということだったと思うが、かさ上げ工事に向けた線引きすら終わっていない内湾や鹿折は10年かかると個人的には想像している。内湾と鹿折に人が住んでない状況が5~10年続くということは八日町過ぎて鹿折トンネルまでは道路沿いに仮設商店街が点在するだけになってしまう。それで仮設商店街は持つのか?

高台公有地は無いこともない。鹿小・鹿中と気小・気中だ。どちらも小学校か中学校のどちらかでも校舎集合住宅化・校庭宅地化をすれば復興公営住宅と高台移転宅地のニーズをある程度まかなえる。学校統廃合の段取りがあるだろうけれど2年程度で入居可能だろう。

検討されていた小中学校統廃合は「複式学級解消」どまりの結論となったので、私の学校統廃合案とは違うのだがそのベクトルであればこのようにしてはどうか。

①鹿折小学区を白山・浦島・気小に分散して鹿折小閉校、校舎が新しいので鹿中が使用、鹿中校舎を集合住宅化改造・鹿中校庭を宅地化

②気中学区・条南学区を鹿中・新月・松中に分散して気中・条南閉校、気中・条南とも校舎集合住宅化改造・校庭宅地化

私のプログをご覧になって復興住宅整備検討委員会に出席される方がおられましたら、委員会でこんなアイデアもあると紹介していただきたいぐらいなのだが、そんな人いないよなぁ・・・

義務教育環境検討委員会は学校統廃合の言い訳作りと住民意見のガス抜きに使われただけになってしまった。この委員会はそんなことにならないでほしいものだ。

リンク: 河北新報 東北のニュース/公営住宅に住民意見 気仙沼市、整備検討会発足.

2013年1月22日 (火)

桜宮高入試中止決定に一言。死なないで中高生②'

 桜宮高体育系学科入試中止について入試中止そのものに対する反対論や試験科目をそのままに定員を普通科にふりかえるのは「看板の掛け替えに過ぎない」という批判が報じられている。看板掛替批判論には①時間がなくて看板の掛け替えをするだけなんだから一年時から体育系学科のカリキュラムをせよというもの ②一般の5教科入試で従前の普通科定員と併せて合否判定せよというもの と2とおりありそうだが。

 最悪の結論は「もう入試の時季なんだから入試もカリキュラムも従前通りするしかない→なし崩し的に教員の入れ替え程度でやり過ごす」だと思う。昨日も述べたけど公立スポーツ高の在り方や部活動の在り方を見つめ直す「期間」を持つべきだというのが市長の考え方だと思う。 

リンク: 「結論覆す」、決意の反論=高校生8人、入試中止で会見―大阪市 - 速報:@niftyニュース.

在校生や桜宮高を目指している中学生諸君、全員とは言わないが君たちの多くは常勝軍団桜宮で全国レベルの諸大会で好成績をあげ、よしんば特待生で大学に進学したり、プロや実業団へ行こうとしているだけ?そういうレールにのりたいだけ?なのではないか。家族に経済的負担をかけないように高校は公立で、その先は無償教育かビックマネーの世界へすすみたい気持ちはわかるが、立ち止まって大人目線で考えてほしい。

学校や部活の在り方を検討するために「たまたま」在校中に、「たまたま」受験のときに、学校のカリキュラムが変わったり、部活が停滞するかも知れないことは「今年こそ全国制覇をめざしていた部活動」とか「高校卒業後の進路」に影響が無いとは約束できない。責任とれと言われたら困っちゃう。だけどねぇ。

高校が進路選択の手段でもあることは否定しないがスポーツ高だから全員運動部に入って常勝軍団になって全国大会で活躍して卒業後はバラ色の人生が待っているというのはあくまでプロセスと結果であるべきだ。それらのことが目的や手段になっていたから顧問の指導スタンスがああいうものに変容し、生徒からも保護者からも容認されていたのではないだろうか。それでも「そんなの関係ねぇ、試合に勝ってプロになる!特待生になる!」が本当の君たちの夢や希望だったら悲しい。

2013年1月21日 (月)

桜宮高入試中止決定に一言。死なないで中高生②

入試中止となったが単純に一般入試に振り分けるわけではなかったのは私の意見とベクトルが合っていて喜ばしい。ただ気になる一文も。

リンク: 河北新報 内外のニュース/桜宮高、体育系学科の入試中止 橋下氏意向受け大阪市教委

普通科にはするが、スポーツ系学科の定員分の合否はスポーツ系学科で予定されていた試験科目によることとなったということですね。これで一応はスポーツが得意な生徒が得意科目で点数を稼いで桜宮高に合格する道は閉ざさなかったということになるのでその意味では混乱を回避できた。あとは高校でどのようにその得意分野を成長させて社会に(狭義的には進路選択に)生かすかということになる。従来のスポーツ系学科のカリキュラムを踏襲するのか普通科の範疇にしていくのかを体制問題も含めて検討される一年であってほしいものだ。記事の中でスポーツ系学科の生徒は全員運動部に加入しそれが特色だったとある。スポーツが得意な生徒たちだから自然なことなのかも知れないし特定の種目で「名門桜宮」で活躍することを目的に志望した生徒も多かったとは思うが、(半)義務づけ・(半)強制でもあったのではないかと思う。運動部で実績を上げることは大学・実業団・プロへ進むための手段であるという側面があることは否定しない。学校で学びながらJリーグの下部組織やなでしこジャパンの育成組織、地域スポーツサークルに加入するなど青少年のスポーツの取り組み方も多様になっている。また、学校のカリキュラムとしてスポーツを学びつつ部活動では普通科の生徒と音楽・美術・文学などを高め合うような「文武両道」を志向する若者がいてもいいと思う。スポーツ学校・スポーツ学科だから運動部全入ありきではなく部活との関わり方にも多様性を認める部活道の在り方を模索願いたい。大都市の公立スポーツ名門校である。求められる姿は生徒を絶望の淵に追いやりつつ常勝運動部を作って学校の名声を高めることではなく、スポーツカリキュラムを生かした多様な人材の育成・輩出なのではないか。入試問題は片がついたが桜宮高の模索と挑戦の始まりであると信じたい。

2013年1月18日 (金)

桜宮高校の入試はこうせよ!死なないで中高生①

 いじめ自殺で大騒ぎとなった夏休み、指導死で驚いた冬休み、中学って、高校って、なんと怖いところなんだろう。だれも読まないこのブログだが、私見をいろいろ述べてみたい。タイトルとずれるがまず桜宮高校の入試について。

リンク: 橋下氏「入試実施なら対抗措置」 - 速報:@niftyニュース

 まず、スポーツ系学科の存続についてだが、存続是非の検討と体制構築のために、最低でも1ヵ年、新入生を迎えるべきではないと思う。ただし、経過措置として入試のやり方としてアイデアがある。公立の普通科だってペーパーテスト一発で全入学者を選抜している学校ばかりではない。推薦入試もあれば試験科目を5科目から3科目に減らして内申や面接を重視した入試もあり、さらに全5科目の一般入試で合格した生徒と机を並べて勉強している学校だってある。橋下市長の考えとは少々相違するが、スポーツ系学科の定員分については予定されていた3科目+実技試験で合否決定し5科目試験で合格した生徒とともに普通科で学ばせればいいのではないか。そして2年進級時に3科目+実技試験合格者も5科目合格者も普通科かスポーツ系学科かの選択させたらいい。

 それから運動部のあり方。バスケ部・バレー部の休部・廃部が取りざたされているが、部活をしたい子には続けさせてほしい。教員は生徒の非違行為防止のための管理・監視のみとし、教員による指導をいったん排し生徒の自主運営にして全運動部継続するのがいいと思う。そんなことをして弱くなったら大会で負けてしまう、進学や就職で不利になったらどうするんだ?と思われるかも知れないが、進学や就職のためだけに部活をさせるものなのでしょうか?

 こういうことで、落としどころにしませんか?橋下市長と大阪市教委の皆さん。はやく結論を出してあげてください、大阪の中3生に。

2013年1月17日 (木)

天旗まつり復活!だけど気小じゃ狭いよ、きっと・・・

 またまた数日前の1/8付三陸新報、気仙沼の冬の風物詩として親しまれてきた「気仙沼天旗まつり」が2年ぶりに復活。2月17日に気仙沼小学校校庭で開催。東日本大震災前は、朝日町の商港岸壁が会場だったが震災で大きく被災したので高台の気小が開催場所とされた。
 でも、気小じゃ狭そう。遠来の参加者だけでなく見物に来る市民だって車で登っていくでしょー。気中と気仙沼公園は仮設住宅だし、どこに車を置くのかなぁ?登ってきた車のドライバーに「街場に降りてどっか探して」って言うわけにもいかないだろうし・・・凧揚げそのものにもあのグランドだけでは狭い感じがする。大凧や連凧の競演は厳しそうだなぁ。
 ということで、諸悪の根源は学校のグラウンドなどの公共用地を仮設住宅で覆い尽くしてしまっていることな訳で、早く復興公営住宅や高台宅地を提供することが解決につながるノダ。かさ上げ工事が終わらないと着工できない復興公営住宅なんて5年かかると思う。学校を統廃合して校舎を賃貸住宅に校庭を宅地にして、もっと早くやりましょうよ!
 なにはともあれ、祝・天旗祭り復活!晴天・良風・千客万来・大盛り上がりと海神様のご活躍&ちびっ子たちの大絶叫を祈念・期待しております。
 「気小・気中をつぶそうとするヨソモノはこうしてくれる~」って海神様に泣かされそうな元魚町居候野郎でした。

2013年1月15日 (火)

出生数が40年前の2割(1/10付三陸新報)

 数日前、気仙沼市の少子化が深刻化していることが報じられた。24年の出生数は358人と前年より51人(12・5%)少なく、震災の影響が色濃く表れたと表現されている。少子化は震災前からの大きな問題で有効な解決策は打てないままわずか15年の間に半減40年で2割まで減少したという。震災などがあった場合2年目に出生数が減る傾向はあるそうで、気仙沼市でも影響は顕著に出たともいえるわけだが、被災や失業に伴う転出が続いてもいるので震災後のベビーブーム等が起こって少子化に歯止めがかかるなどということはあるまい。
 団塊ジュニア世代が生まれた40年前の昭和48年(旧唐桑・本吉町含めて1610人)に比べると約2割まで落ち込んだということだが、5倍の子供たちがいた時代も今も公立学校の配置や個々の学校のキャパはほとんど変わっていない。震災をはさんで義務教育環境検討委員会による「言い訳作り」と地区懇談会での「ガス抜き」を経て「例外なき複式学級解消」という方向性だけは市役所の筋書きどおり?決まったので数年をかけて学校数は3分の2程度には減るのだろう。それだけでも行政経費の効率化にはなるのだろうけれども、児童・生徒数が5分の1になろうとしているうえ、次世代~次々世代に負の遺産として引き継がなければ消化できない積年の借金財政に復旧・復興経費が重くのしかかっているのだから 、より積極的に「望ましい規模の学校」を「耐震補強が完工した校舎」を有効に活用しつつ「郊外からも市街地からも遠近感に不公平を感じられないような配置」集約すべきだとあらためて思うものです。「そんなことをして、そこそこの街場の学校を廃校したら、校舎がもったいねぇべ」とも言われそうだが、校舎は復興住宅にでも改造して校庭は宅地化して「そこそこの街場」に人々の住生活の場を提供すべき時期でもあると思いますが、いかがだろうか。

2013年1月 8日 (火)

浦島小最後の3学期に思う

 新学期ということでニフティのネットニュースで浦島小学校が紹介されていました。3月に閉校するので最後の始業式になるんですねぇ。新年度には児童が2人しかいなくなるのでしかたがないというか平時であれば妥当な判断だとは思うけど、義務教育環境検討委員会を体よく使って「場当たり的統廃合」の先鞭にさせられた感が強いですなぁ。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013010801001157/1.htm
 だって、義務教育環境検討委員会って「中間答申」では小学校の一学年2クラス化・中学校の一学年3クラス化の方針を打ち出しながら、「最終答申」では「複式学級の解消」で終わっているんだもん。そんなの仰々しく特別な諮問会議みたいなものに委ねないで教育委員会が議会に提案して了承もらえそうな程度じゃん。市HPの議事録見ても方針転換の経緯は見えないし、中間答申に対するパブリックコメントを募集していた直後に地域懇談会で配られた資料で具体的な統廃合案が示されたりしたので、委員会の検討自体も「事務局案」を追認しただけなのかなぁ。事務局案て大きい存在なもので会議では微調整しかされないよなぁ。「事務局案」は声高な市議さんとかの圧力に屈して地域懇が混乱しない程度におさえたのかと勘ぐってしまう。なんだか浦島小がというか大浦の皆さんがかわいそう。
 複式学級解消だけでいいんだったらこうしようよ。浦島小は一年だけお休み、来年の春には鹿折小を閉校して浦島・白山・気小に分散吸収させる、鹿折小校舎はあたらしいから鹿折中にする、現鹿折中校舎・校庭は復興住宅と集団移転宅地にする。こうすれば来年の夏には鹿折で復興公営住宅入居が始まるぞ。今のままだと5年はかかるぞ。唐桑小も小原木・中井に分散、校舎は中学校が使って現唐桑中校舎・校庭と気中・条南・新城小・面瀬中・階上小・大谷中・津谷小・小泉中も復興公営住宅と集団移転宅地に、松岩小は市役所とBRT松岩駅にすれば、小原木小も中井小も月立小も落合小も水梨小も小泉小も馬篭小も残せます!とだけ書き込んで「声高な市議さん」とかの「ヨソモノは黙っとけ!」的なご反論をお待ちしよう。

2013年1月 7日 (月)

総合病院や老人福祉施設・身障者施設・幼稚園・保育園は高台に

この年末年始、石巻雄勝病院や岩手・山田町の介護老人施設の悲劇が河北新報で紹介された。街場の施設ではなかったこともあり、震災直後にはあまり報じられなかった施設であったと思う。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1114/index.htm
入院患者や入所者の大半の方が亡くなり、ぎりぎりの避難・救助を試まれたのであろう職員もおおむね半数の方が亡くなられている。
 震災後の報道で南三陸町の志津川病院や老健施設、気仙沼市の老健施設などでも同様な悲劇があったことは存じあげてはいたが、今般の記事に触れ、こういった施設の立地には格段の思慮の必要性を改めて感じた。
多くが自分の足で歩けない皆さんをかかえているとともに、仮に避難ができても暖も食も無い状況で長時間の屋外に居たり、医療や介助の環境が整っていない公民館などの避難所に数日~数十日間の生活を強いることは命の危険にさらすことにもつながる。
 通院・通所や家族の訪問などの利便を考慮するあまり「街場で」「低地で」というベクトルも出るものと思う。でも、自宅から歩いてくる患者や利用者はどれほどか。自家用車だったりタクシーだったり送迎車だったりするにせよ、結局は車だろう。であるならば、3.11の経験を踏まえ、少なくとも3.11で浸水しなかった高所に移設・新設していき、自家発電や食料や医薬品などの備蓄をすすめておき、津波に対しては「そこにとどまること」が安全である施設を目指すべきだと思う。
 私のブログでは震災の復旧・復興とともに「気仙沼市の学校統廃合」を取り上げる機会が多く、その中では、「高台にある小学校はイヤダー」などと論じてきたので、違和感を覚える方も多いかも知れない。大川小学校や戸倉小学校でこどもたちが犠牲になったことを思えば「学校も高台へ」論に立つべきというお考えをお持ちの方も多かろうと思う。しかしである。学校が高台に行ってしまうとたかだか10分~20分の距離でも親が車で送り迎えするようになってしまう。小中学生の日常としてはいかがか。上級生の助けがあれば一年生だって避難はできる。
 公的施設の高台化の優先度としては入院患者を抱えている総合病院や老人福祉施設・身障者施設の方が高いと考える。あとは幼稚園・保育園だろう。100人前後の子供たちを数名のスタッフで避難誘導し、最悪、屋外で一昼夜程度過ごさなければならなくなる。仙台か石巻か定かではないが2階の外(1階の屋根)から2階の屋根にはしごをかけ、園児を2階の屋根の上に避難させた幼稚園があったはずだ。子供たちは不安な数時間を過ごしたと思う。幼稚園・保育園も徒歩で通ってくる子は少ない。ほとんどが自家用車か送迎バスである。高台に立地させて「とどまることが最善」な施設であることが望ましいと思う。
 小中学校の立地については「街の作り直し」とのかねあいがあって、地域によっては一気に高台化が進むところもあるかも知れない。総合病院・老人福祉施設・障害者施設・幼稚園・保育園の再建にあたっては「街場」や「集落」との距離感があっても良い施設として被災地域全域的に「高台化」を率先検討されるべきではないかと考えるものである。悲劇は繰り返してはならない。そして昭和三陸地震より大きいアウターライズ地震・津波が確実にくるのである。


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